| これは、とある偏屈ジジイによる夏休みの自由研究である。題して



2008年のノートPCは、今の我々を幸せにできるか?

2026年8月、友人の引っ越しを手伝うハメになった。力仕事が得意なわけでも好きでジジイになったわけでもない。もし熱中症にでもなったらどうしてくれるんだ。

本棚には A4サイズくらいのノートPCが埋もれていた。B5判の雑誌よりこれくらい大きい。


当時は「B5ファイルサイズ」とかいう呼び方があったが、百均で売っている「B5ファイルケース」を考えれば、あながちウソとも言えまい。


当の友人は、すっかり忘れていたくせに「あぁー、電源コードもないし、ぜんぜん使わなかったから捨ててくれ」とゴミ袋へ顎をしゃくる。

その横柄ぶりにムカッときて「液晶の処分は〇〇デンキで2千円かかるぞ」とテキトーにいうと、友人がノートPCと2千円を手渡してきた。

つまり、友人があまりに真剣だったので、つい仕方なく受け取ってしまったのだ。


帰宅してテーブルの上にそいつを放り出した。オークションに出してみて高値がつけば有り難いが、それはそれで彼に申し訳が立たない。ジジイにとって2千円といえば大金だから。

そうだ。餅は餅屋。女のことは女に聞け、パソコンのことはパソコンに聞け。いつものチャット爺(ChatGPT)に聞いてみよう。

さっそくチャット爺は、「底面見せて」という。この「見せて」にはいつも二重の意味がある。つまり、こうだ。


スマホで撮影→パソコンで Chrome を開く→Google フォトから写真をダウンロード→ チャット爺に貼る。

1メートルも離れていないのに、じつにメンドクサい。見たければ自分で見ればいいのに。

しかも Google フォト 「保存容量を割引で購入」とかシツコくウルサイ。ちゃんと使いやすければ、ちゃんと整理してやるから。


じゃあ Google を使わなければいいかというと、iPad で撮った写真は、チャット爺の苦手料理らしく、こんなことを言う。


いろいろ理由があるんだろうが、そこを勉強したいとは思わない。もっと単純に右から左へコピーできてもいいはずだ。

昔は、写真屋にネガを持って行って「〇番を2枚焼き増し」と言えば、勝手にコピーしてくれて「ありがとうございました」と渡してくれたんだ。

礼を言えとまでは言わない。なんならキーボードで「copy なんちゃら to かんちゃら」と呪文を唱えてもかまわない。だが、いつもこちらが悪いような物言いをされることには、さすがにウンザリする。



まあいい。友人のよしみで運んできたノートPCだ。チャット爺も見当違いな愚痴をぶつけられても解決できないだろう。すったもんだしつつも最初の1枚を見せてみた。

チャット爺の「見せて」にはいつも二重の意味があると書いたとおり、シールのひとつには Windows Vista と書いてある。見たことあるぞこれ。

Windows XP と Windows 7 の幕間を埋めさせられたやつだ。XP に続く次世代設計としてデビューしたのに、ハードや市場のほうが追い付くことができず、人柱、ではないが叩き台として、後進に道を譲った悲運のやつだ。

すぐにチャット爺が返してきた。

「価値」か。しばらく考えた。「高く売れれば幸せか?」「新しいことが本当にいいことなのか?」 コイツが語るはずもないが、わが家の「高い」「新しい」パソコンやスマホは、なんとなく必要悪のようにも思えている。

ビジネス・ソフトなんかまず使わないし、広告を消すにもカネがかかるし、アップデートだの何だのをサボると犯罪者扱い。まるでコキ使われるために買ったようなものだ。

だから、コイツを売りに出して小銭欲しさにヤキモキするんじゃなく、せっかくせしめた2千円を活かそう、こいつの話を聞いてみよう、暮らしの脇役にふさわしいか見てみよう、と思ったのだ。

題して「Re:FIT — 余計なものはいらない。旧式マシンとの気ままな暮らし。」

何か適当なエピソードを入れて、、、こうつなぐ。

工程1 まずは身体検査。18年前のノートPCを開けてみる
→ REFIT ハードウェア編

毎年ではないが、結婚記念日にスタジオで写真を撮ることにしている。近年の写真がなくて葬式の時に困るからではない。遺影は互いに用意してあるからだ。
妻は結婚の際に買ったウェディング・ドレスを着続けている。もちろん体形の変化は否めないが、スタジオ撮影なら背中をガムテープで留めていても問題はない。

工程2 さて、何を着せよう。軽量Linuxを試してみる
→ REFIT OS編

何か適当なエピソードを入れて、、、こうつなぐ。

工程3 本当の旅はこれからだ
→ REFIT 運用課題編